
矢作建設工業株式会社 設計部 早川国男
講演:2009年12月
1.土壌汚染対策の現状と課題
平成15年に土壌汚染対策法(以下、法)が施行されてから、土壌汚染の調査・対策工事のビジネスは、その件数、金額ともに増加していることが、環境省や社団法人土壌環境センター(以下、土環センター)から報告されている。しかし、図-1のように平成19年度の統計では、件数はほぼ横ばい、受注金額は約2割減少している。愛知県内については、図-2のとおり、全国の統計とは若干異なり、平成16年に急増後、それ以降は大きな変動は見られない。

図-1 土壌汚染調査・対策工事の推移
土壌環境センターの調査結果(H19年度)

図-2 土壌汚染調査報告件数の推移(愛知県)
それらの調査や対策工事を行う契機については、その8割以上が企業等の自主的対応により行われている。また、土壌環境センターの統計では、自主的対応のうち半数以上は、土地の売買が契機となっている。冒頭に述べたように、法が施行されてから調査や対策工事数は増加しているが、実際は、法や条例が契機となっている件数は2割に達していない。このように、法により定められた土壌汚染の規制値は、その意とうらはらに、土地の売買の際に、一つの目安として用いられているのが現状である。
さらに、対策方法について、環境省の統計では、浄化対策(掘削除去、化学的分解、バイオレメディエーションなど)が全体の3分の2を占めている。特に、掘削除去による浄化対策は、一般にコストが高いにもかかわらず最も多く行われている。このことが、一方で別の課題を生んでいる。特に、土地の価値に対する、対策費用の高額化による“ブラウンフィールド”問題は、今後の大きな課題と言われている。すなわち、地価の低い地域では汚染対策が不可能となり得るため、土地が未使用のまま放置されるおそれがある。これは、土壌汚染対策法の主旨が健康被害の防止であり、土壌汚染をとり除くことではないということが、一般によく理解されていないことが要因の一つであると考えられる。本来、覆土や舗装で十分、健康リスクが低減できるような軽度な汚染でも、現状は、掘削除去のような高額な処理方法で行われている。
一般に、土壌汚染の対策費用が土地価格の3割を超えると、土地売買が不調になると言われている。図-3に示すとおり、当社の最近の物件について分析したところ、やはり対策工事が実現した物件は、ほぼ全件、土地価格の3割以下で行われている。逆に、解決しなかった、あるいは現時点で解決していない事例については、土地価格の3割程度、またはそれ以上かかると試算された事例であった。
ブラウンフィールド問題は、低・未利用地の発生、再開発への支障、不動産価値の低下など、単に個々の土地における問題となるだけではなく、地域活力の低下、地域コミュニティの衰退など、社会経済的な問題に発展すると考えられている。
2.当社の取り組み
(1)トータルソリューション
例えば、先述したように土壌汚染の対策費用が高いと、ブラウンフィールドとなり、土地が塩漬けとなる。あるいは掘削除去などの対策工事を行った後、建築工事でその場所を再度掘削する場合、大きな無駄を生じる。このような問題に対処するため、当社では、土壌汚染について単に対策工事の提案だけではなく、土地の調査の段階から、建築工事や将来的な土地の利活用をふまえた総合的な解決に取り組んでいる。最近の事例について、3件紹介する。
一つめは、ある都市開発地域の一区画で土壌汚染が判明した事例である。対策方法を検討した結果、掘削除去ではコストが膨大となり事業収支が合わない。当地区で計画されていた事業の中止や遅延などによる、周辺地区全体の経済効果への波及が心配された。

図-3 対策費が土地価格に占める割合
★印が当社のブラウンフィールド
そこで、ここが商業施設として利用されることを前提に、図-4のように汚染範囲を地中壁で取り囲み、雨水の浸透や地下水の移動がないよう上部を店舗建築物や駐車場の舗装で覆った。これにより、コストを大幅に縮小し、汚染のない土地と同等に使用できるようにした。なお、鉛直遮水壁は、鋼矢板やソイルセメントによる連続地中壁が一般的であるが、当現場ではエコクレイウォール工法と呼ばれる、新しい工法による試みを行った。エコクレイウォールは連続地中壁であるが、セメントの代わりに高性能なベントナイトを混合し、柔軟かつ透水性の低い壁を造成する。
エコクレイウォール工法は、図-5のような、TRD工法と呼ばれる従来の連続地中壁工法を応用して行うものである。等厚壁施工機の撹拌機を地中に挿入し、改良材と現地の土を混合撹拌しながら横移動することで、シームレスな壁体を造成する。図-6の写真は、壁の断面を撮影したものである。
主な特徴として、天然粘土鉱物による地中壁であるので、地盤環境に優しく、遮水性能と耐久性が高く、変形追随性もあるため耐震性能にも優れ、さらに経済性にも優れる。

図-5 エコクレイウオール製造機(TRD)

図-6 エコクレイウオール完成後の写真
二つめは、工場の移転に先立ち土壌調査を行ったところ、深さ5mに達する土壌汚染が判明した事例である。掘削除去による対策方法では、事業者の工場移転の資金計画に大きな影響を与えるものであった。そこで、跡地は店舗として利用することとし、汚染土壌を不溶化し、かつ、駐車場を配置して地表面への経路を遮断した。土壌汚染対策と跡地の利用方法を同時に考慮し、次に土地を活用する人への理解を図り、コストの過大な負担による経営の悪化や、移転計画の頓挫を回避した事例である。
ちなみにこの現場では図-7のような、ロータリーブレンダーと呼ばれる機械を使い、原位置で不溶化を行った。従来この方法は、軟弱地盤にセメントを混合・撹拌して改良するものであるが、ここではこれを不溶化処理に応用した。
この方法は汚染土を掘削しないので、汚染の深さは5mであったが土留めは不要であり、周辺地盤に影響を与えずに済んだ。また、不溶化材はスラリーであるので、粉じんの飛散もなかった。

図-7 ロータリーブレンダー
三つめは、建築工事と合わせて土壌汚染対策を考慮し、結果的に土壌汚染を封じ込めた事例である。ここでは、含有量のみが基準値を超え、溶出量は基準を超えていなかった。さらに、地下水位よりも上に土壌汚染がとどまっていた。そのため、図-8のように建築工事の際に汚染が暴露しないよう全体に盛土を行い、汚染範囲の上に建築物を配置し、雨水浸透や人の直接接触がないようにした。建築物の配置や高さを調整することで、土地の利用方法を変えずに、土壌汚染の対策コストを抑制した事例である。
このように、土壌汚染の解決は、実は汚染をとり除くことだけではない。そのため、土壌汚染の対策方法だけを考えるのではなく、事後の土地利用をふまえたうえで合理的な方法を選択することが重要である。そのため調査から対策工事だけではなく、土地開発や建築工事まで含めた取り組みが合理化やコストダウンにつながり、それがひいては、地域の活性化や都市資産としての価値の向上につながるものと考える。

図-8 覆土や建築物による封じ込め
(2)愛知土壌・地下水汚染対策研究会
当研究会は、平成15年に発足し、当地域における土壌汚染問題について、いろいろな側面から技術的な蓄積を図り、地域社会に還元できるよう活動を行っている。研究会は、大東憲二氏(大同工業大学 教授)が会長を務め、当社が事務局を務めている。調査会社、コンサル、メーカー、不動産関係などのあらゆる業界から21社が集まり、さらにオブザーバとして参加している愛知県、名古屋市などの行政機関とも情報交換を重ねている。主な活動内容は、当地区の自然由来汚染に関する問題、外部への情報発信活動(啓蒙活動)、法条例に関する情報収集、リスクコミュニケーション、有害物質に関する知識向上など、テーマごとに分かれワーキンググループ活動を定期的に行っている。また、毎年1回、有識者を招いた一般事業者向けのセミナーや、会員向けに大学の先生や民間の専門家などを招き、勉強会などを行っている。

図-9 研究会の位置づけと役割

図-10 研究会の会員
当研究会のワーキンググループ活動の中で報告された内容を紹介する。これは、第62回土木学会(平成19年)において「土壌・地下水汚染サイト周辺における住民の意識調査」と題して投稿したものである。
名古屋市内で、土壌汚染が報告された現場付近の住民に簡単なヒアリング調査を行い、その結果をまとめた。そこで共通して言えるのは、住民は、住民説明会等で土壌汚染の存在について知らされることが多いのだが、皆汚染の程度や対策方法についてはあまり理解していないということであった。その結果、ただ漠然とした不安や不満だけが残り、時に感情的な議論に発展してしまうのではないかと思われる。結論として、汚染があったという事実だけが伝えられ、そのことだけが意識に残るような伝わり方をしていることが多い、としている。よく、基準値の何倍、という表現がされるが、実際には基準値やリスクについて正しく理解されておらず、安心してよいのかどうかを判断する基準についても、あまり伝えられていない。また、工事が終了したのかどうかということも伝えられていないことが多く、まだやっているのか、もう終わっているのかよく分からない、といった意見もあった。そういった情報が発信されていないのが実情であり、不安が放置されたままになっていることが多いようである。リスクコミュニケーションの重要性を認識させる報告であった。
3.おわりに
土壌汚染の対策技術は多種多様であるが、コストが安く、オールマイティな工法は未だ皆無と言ってよい。これは、土壌汚染が汚染物質、地質、地下水などさまざまな要素に依存しているため、やむを得ないことである。
そのような中、当社においては前章で述べたように、各土地の利用方法に応じた、総合的な解決方法の提案、あるいは地域への貢献活動を通じて、当問題に真摯に取り組んでいく所存である。