充填技術センター理事長
名古屋大学名誉教授
川本朓万

執筆:2007年7月

 地球上には、アメリカ・ニューメシコ州にあるカールスバッド (Carlsbad Caverns)大空洞(長さ550m、幅340m、最大高さ70m)やマレイ シアのグアパヤウ(Gua Payau)大空洞(幅120- 150m、高さ120m)から、トル コ・カッパドキアの地下都市やエジプトの墳墓のような人工的な空洞など 無数の地下空洞が存在し、その多くのものが世界遺産として保存されてい る。一方、種々の鉱山や石材の採掘跡、軍事上の特殊地下壕等の空洞がそのまま廃棄され、鉱害や公害などの地盤災害や地盤汚染を引き起こしてい る負の遺産も多く存在している。わが国においても、負の遺産としての地下空洞による地盤環境に対する被害が多く発生し続けている。北九州や北海道における深い石炭廃坑の現場で今まで広い範囲で地表沈下が発生しているが、浅い地下空洞では浅所陥没による直接的な地表構造物の破壊や人命の損傷を生じている。負の遺産としての地下空洞による地盤陥没災害としては、石炭鉱害(盆状沈下と浅所陥没)、亜炭採掘跡空洞による陥没事故、 防空壕跡地、石材採掘跡空洞(例えば、大谷石、笏谷石)における陥没事故等がある。宇都宮市大谷地区においては、大谷石の採掘空洞が原因で1946 年以降30件以上の陥没事故が発生したが、大規模な陥没が1989年から3ヶ年連続して発生している(写真1および2)。

 


写真1 大谷石採掘跡の浅所陥没
(下野新聞より)

 


写真2 大谷石採掘跡の空洞

 鹿児島県鹿屋市には戦時中に2つの航空基地があり、避難、軍事物質貯蔵等のために多くの地下壕(横坑幅3-4m、高さ2.4m 程度の空洞)が多数掘られた。住宅地に陥没が生じ、また大規模な道路陥没(平成12年6月3日の豪雨により35mにわたって陥没、深さ10m)で死亡者を出した。
 平成17年8月16日早朝、福井市の足羽山西公園墓地で大規模な陥没が見つかった(写真3)。直径、深さはともに最大で約30mに達している。足羽山では、江戸時代から1999 年まで、城の石垣や墓石などに使われた笏谷石が採掘されていた。現場の地下に坑道跡があることが確認され、陥没との因果関係があると見ている。

 


写真3 福井市西墓地公園の浅所陥没
(福井新聞より)

 平成18年7月9日、三重県津市半田地区の市道と住宅の一部が半径15m、深さ3mにわたって陥没した。周辺は江戸時代から磨き砂の採掘場で、何時とはなしに陥没が過去に起こっており人災だと言われている。戦時中、この地域の丘陵地下に海軍工廠の疎開工場を造るために学徒動員により磨き砂の採掘坑道の拡幅も行われていたようである。平成13年度の国の調査(「特殊地下壕実地調査報告書、国交省」)では、全国に 5,003ヶ所の危険な地下壕があり、そのうち九州・沖縄地方では3,100ヶ所、北陸 383、関東95、東北94、北海道92が認められている。また、地上に建物があるなどで「危険およびその可能性のある」と自治体が判断した壕は777ヶ所にのぼってい る。しかし、特殊地下壕の殆どは軍関係に属していたため、その実体は十分に明らかにされず、地盤沈下や陥没による人身事故や住宅の倒壊が生じて初めて廃棄空洞の存在が明らかにされている程度である。
 石炭や亜炭(腐植土の一種で、石炭化度の最も低い石炭)の採掘跡空洞、戦時中に作られた地下壕(防空壕)、戦災復興時に上部を埋めたままで放置されている地下室や管路など、現在放置されている地下空間は負の遺産として多く存在する。最近これら既存空洞の劣化による空洞崩壊や地盤の変状、すなわち浅所陥没や地表沈下が発生し、住宅の倒壊のみならず道路陥没による死傷事故まで起こしている。また、豪雨時や地震時における地下空洞を有する地盤の不安定化に対しても検討を迫られている。
 東北地方とともに東海地方においても亜炭の掘削が盛んに行われてきた。東海地方の亜炭田のなかでも美濃炭田と尾張炭田での掘削がかなり活発であった。美濃炭田のなかの可児炭田は御嵩地区で5層の亜炭層が稼行対象とされ、御嵩町を中心として明治2年に日本で初めて亜炭が本格的に採掘・利用され、戦後まで続いてきた。そのため今日ではそれらの負は遺産として地盤環境上や今後の大地震による地盤防災上の問題を抱えることとなった。亜炭の廃坑跡は多くは残柱によって現在安定しているが(写真4)、空洞周辺の岩盤の風化などによる劣化や地震力の影響で空洞天端の崩壊や残柱の破壊(写真5,6)が起こると、地表沈下や浅所陥没を発生することになる。


写真4 亜炭坑坑内の採掘状況

 


写真5 亜炭坑坑内の天盤の崩落(御嵩町)

 


写真6 亜炭坑坑内の残柱の破壊(御嵩町)
(縦に延びる亀裂の進展で残柱破壊の可能性)

 1970年代に入ると東海地方の亜炭田における古洞によって田畑や家屋が陥没の被害を受け、また宅地開発における地盤の安定化が問題になってきた。
 1974年、当時の通商産業省名古屋通商産業局が古洞関連総合施策委員会を設けて、空洞充填工事の検討を始めて以来、実地に実験および多量の充填材を用いた実用化試験を重ね、空洞充填工法の開発を推進してきた。
 1977年に空洞充填実施の推進母体として日本充てん協会が設立され、それ以来今日まで亜炭廃坑の陥没防止・地盤の安定化の開発・啓蒙を行ってきている。名古屋市近郊では高蔵寺地区、志段味地区、長久手町の東部丘陵線の一部やその周辺の宅地造成地域における亜炭空洞の充填工事による空洞安定化対策と地盤陥没の防止に多くの実績をあげてきている。 
 地下空洞の充填では、充填材料としてリサイクル材を活用することが研究されており、空洞充填工法は地盤災害の防止のためだけではなく、産業副産物の再利用による環境面や省エネルギー面でも有効な方法として、今後とも研究開発が望まれる分野であると考える。
 亜炭空洞の存在によって生じるであろう地表沈下や浅所陥没(写真7,8)に対する危険度の評価は、空洞掘削による周辺岩盤の応力変形状態に及ぼす影響因子や、地表面の構造物(例えば、住居建物、公共構造物、道路、ライフラインなど)の重要性などとの関連で考えられねばならない。


写真7 岐阜県御嵩町で発生した陥没(1982年)

 

 
写真8 陥没による家屋の被害(長久手町、2002年)

 中部地方の亜炭採掘現場においては、地域的な浅所陥没に対する危険度評価として、わずかに岐阜県御嵩町地区における地震時の亜炭鉱廃坑に対する安全性の調査が行われているだけである。予想される東海地震に対する亜炭鉱廃坑の安全性調査を行っている。
 予備段階の調査として、ボーリング及び地形・地質資料、浅所陥没位置・空洞位置図などの既存資料の収集・分析および地理情報システム(GIS)を用いたデーターベース化による空洞の有無と深さの推定が、また、空洞の有無及び深さの探査法として常時微動観測、音響透水トモグラフィー及び微重力探査法の精度の検証が行われている。さらに、東海地震や東南海地震の震源モデルを設定して深度と空洞の安定性(亜炭空洞残柱の安全性)に関する検討が行われ、重要構造物・施設、ライフラインのデータベース化や、それらの被害推定と危険度のランク分けおよび対策順位の決定を行おうとしている。
 負の遺産として残されている既設空洞に対して、陥没を起こした後の調査や解析による検討は比較的容易であるが、現在その影響が見られない状態の空洞の陥没に対する危険度を評価することは極めて困難である。その大きな原因の一つが地下空洞調査の可能性および信頼性の問題であり、もう一つは空洞周辺地山の風化変質の問題である。したがって、陥没に対する危険度評価にはなお多くの地質工学的および地盤工学的な課題が残されている。
 昨年より、岩の力学国際会議(ISRM)では鉱山の閉鎖に伴って生じる諸問題を解決するためにPost Mining Committeeと言う委員会が設置され、閉山後の空洞の安定性や地下水・湧水および地盤の汚染の処理など地盤環境の保全に関する対策にについて情報交換が行われてきている。この分野においても地盤岩盤や地質工学が大いに 活躍できる可能性があるように考える。