掲載:2019年9月

近代産業の土台を作った石炭

 石炭は18世紀の産業革命の原動力となった重要なエネルギー資源です。石油がほとんど産出しない日本でも、明治以後の産業の発展を支えたのは、主に九州北部と北海道から産出した石炭でした。
日本の石炭の大部分は、第三紀層、特に4,000万年前以降の新しい地層から産出します。しかし世界の良質の石炭は、約3億年前の石炭紀から二畳紀、更に中生代の地層に賦存しています。石炭は、水生や陸生の植物が沼沢地などに堆積し、地下深くに埋もれて、長い時間の間に炭化したものです。時間が経過する程炭化が進むので、世界の古い時代の石炭に較べると、日本の石炭は規模の点でも炭質の点でもかなり見劣りがすると言わざるを得ません。
 石炭は、発熱量や粘結性で、無煙炭・瀝青炭・亜瀝青炭・褐炭などに分類されています。中でも瀝青炭は重要な資源で、強粘結性のものは原料炭と呼ばれ、コークスの原料として製鉄産業に欠かせないものです。また発熱量の低い褐炭などは、暖房や、繊維工業・陶磁器工業などの貴重なエネルギー資源です。

日本の石炭・亜炭産業

 日本には100億トン以上の石炭埋蔵量があり、エネルギー資源として重要な役割を果たしていました。しかし高発熱量の無煙炭や原料炭の産出量は少なく、多くは一般炭や、更に亜炭が利用されていました。なお亜炭とは、日本固有の名称で国際的な分類での褐炭に属します。
 第二次大戦中石炭が増産されたのは勿論ですが、戦後の復興期には、傾斜生産と呼ばれた石炭増産政策が実施され、石炭産業は空前の盛況を迎えました。1950年代始めには、稼行炭鉱数は900を越し、年間生産量も一時は5,000万トン以上を記録していました。また1951~55年には、通商産業省の「全国埋蔵炭量炭質統計調査」が実施され、亜炭も含めて全国の炭田の詳しい地質状況・炭質が報告されています。
 しかし1960年代に入ると、石炭から石油へのエネルギー転換が世界的な潮流となりました。日本でも埋蔵量の減少と採掘条件の悪化に伴い多くの炭鉱が閉山し、さまざまな社会的な問題が引き起こされました。最後まで残っていた釧路の太平洋炭鉱が閉山したのは、つい数年前(2002年)のことです。
 亜炭の生産量は、石炭全体の5%程度です。下の図に示されるように、亜炭も石炭と同様一時は好況が続きましたが、1960年からは減産が続き、急速に終焉の時を迎えました。


図1 亜炭採掘小屋(ここから立坑が降りていた)1970年代の御嵩町に見られた採掘跡

 

図2 亜炭生産量の推移と愛知県の生産比率の変化
(「充てん」第45号,稲崎,2004より)

東海地方の亜炭鉱業

 亜炭生産の中心だったのは愛知県・岐阜県などの東海地方で、日本の亜炭の40%前後を産出していました。下の図に示すように、とくに20世紀前半は、亜炭の大半は東海地方から産出したと言えるでしょう。


図3 亜炭生産量の県別比較の推移(「充てん」第45号,稲崎,2004より)

東海地方の亜炭田

 東海地方は日本最大の亜炭の産地でした。この地方は陶磁器や繊維製品の生産で知られています。亜炭はこれらの産業を支える安価で重要なエネルギー資源でした。亜炭というのは日本固有の名前で、石炭のなかで最も発熱量が少ない褐炭に属します。
 この地方の亜炭層は、新第三紀中新世の瑞浪層群(約1,600万年前)、鮮新ー更新世の東海層群及び古琵琶湖層群(500~100万年前)の中に発達していますが、地質時代の違いによって炭質も異なり、地層の固さも軟岩(中新統)から土質(鮮新ー更新統)まで、顕著な違いがあります。亜炭層が賦存する地層と、主な亜炭田の分布を右上の図に示しました。また美濃炭田と尾張炭田の地層の層序を比較したものを下に掲げました。


図4 東海地方の亜炭田分布図(原図藤井)

亜炭採掘の概況

 美濃炭田と尾張炭田は特に規模が大きく、日本の亜炭の40%以上を産出していました。美濃炭田では可児の御嵩炭田、瑞浪の日吉炭田が特に知られています。左の地質柱状図を見ても分かりますが、御嵩炭田では夾亜炭層が最も厚く発達し、稼行された亜炭層も4~5層に及んでます。また尾張炭田は、名古屋市東部から近郊の小牧、春日井、尾張旭、長久手、日進などに分かれて分布しています。尾張炭田の亜炭は、美濃炭田のものに較べ炭化度は低いのですが、発熱量はほぼ等しく、灰分が少なく使いやすいということで、良質とされていました。
 1960年代から70年代へかけて亜炭鉱業が衰退し、亜炭坑が閉山した後には、総面積3,000ha及ぶ採掘跡が残されました。採掘深度は美濃炭田で最大100m程度で、約50%が50m以深で採掘されました。一方尾張炭田では95%以上が50m以浅で採掘されています。亜炭層はほぼ水平に近く、地層も土質~軟岩であるため採掘は比較的容易でした。通常は立坑または斜坑を掘削し、着炭すると水平に坑道を展開し、幅3m程度の残柱を残して採掘した場合が多いようです。これらの坑道は空洞のまま残されていたものが多く、地表沈下や陥没の原因となりました。陥没被害はかなり少なくなりましたが、現在も続いています。
 また愛知県・三重県では厚い火山灰層が発達し、みがき砂として採掘されていました。これもまた地表陥没の原因となっていることは言うまでもありません。


図5 東海地方の夾亜炭層の層序

 

それではどんな空洞が陥没するのでしょうか?
いくつかの条件が考えられます。

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 陥没し易い空洞の条件