陥没までの時間

所陥没が発生するまでの年数と累積確率(アメリカペンシルバニア州の事例 
(江崎, 2003;「充てん」43号より)

 見落とされ易いのが陥没が発生するまでの時間です。もともと地下の空洞は、出来るだけ強い地盤の中を掘削して作られます。地盤の強度が足りなければ支保工で補強せねばなりません。ですから掘ったばかりの空洞は、浅い空洞でも意外に丈夫です。それでは浅い空洞は、何年くらい崩壊せずに残っているのでしょうか。人工の地下空洞のように採掘条件や採掘時期が一定しない場合には、統計処理による考察が有効です。左の図はアメリカペンシルバニア州の炭鉱の陥没件数を統計的にまとめたものです。この図の左側は、全体の陥没件数を100として、まだ陥没していない空洞の比率を示しています。この比率と、陥没までの経過年数との関係をプロットすると、図のような曲線ができあがります。この曲線が水平に近い時は余り陥没がおこらないことを示します。逆に急に傾斜している時期は、盛んに陥没が発生しているのです。つまり、採掘してから最初の20年間は陥没件数の増え方が非常に緩慢で、40年目あたりから60年目へかけて盛んに陥没が発生していることが分かります。この事実は年月とともに空洞の劣化が進み陥没に至ることを示しています。
 これは古生層の炭層の例ですから、日本の石炭採掘跡にそのまま当てはまるとは言えません。しかし固い古生層の中の採掘跡でも、約47年後には危険空洞の40%が陥没しています。日本の若い地層の空洞に陥没が発生する年数は多少少ないとしても、確率としては似たような傾向を示すと考えてよいでしょう。「50年経ったからもう陥没はないだろう」というような期待はきわめて危険だと言えましょう。

空洞が陥没する過程を想定した模式図 (原図藤井)

空洞を劣化させる要因

宮城県北部地震(2003年6月)の際発生した亜炭採掘跡の陥没 
(宮城県矢本町提供)

 それでは時間の経過にともなって、空洞天盤や坑壁の劣化をもたらす要因は何でしょうか。地表近くにある岩石を軟弱化させる作用を風化作用と言いますが、空洞の劣化は普通の風化作用では考え難いのです。天然の風化作用による岩石の軟弱化は、それこそ数十万年、数百万年という時間をかけて少しづつ進みます。掘って数十年の地下空洞では、風化はほとんど進んでいないと考えるのが妥当でしょう。
 最も重要な要因の一つと思われるのは、地表から亀裂を通って空洞に落下する雨水などの地表水です。地層の中に生じた亀裂は最初はごく狭いものです。しかし一度地表水の通り道になりますと、次第に削られて広くなり、空洞の天盤や坑壁では表層部が剥落して行くと考えられます。上の図はその過程を想定した模式図です。陥没過程は、左の1から右へ2→3と進んで行くと思われます。ただ長い空洞が一様に劣化するとは考えられません。土被り層に亀裂がひろがる要因としては、地層の強度だけでなく、地表の状況も関係します。水が浸透し易い地質や破砕帯、あるいは普通の地盤であっても、植生が発達し、樹木の根が伸びている所では亀裂が成長し易いと考えられます。
 また右上の説明にあるように、地下水位と土木工事は陥没に関係する重要な要素です。土木工事が陥没を引き起こすことは、東海地方で宅地造成工事が進むと、次々に亜炭採掘跡が陥没したことからも明らかです。切土による空洞の深度の変化、伐採に伴う根引きなどによる亀裂の急増など、空洞の存在が予想される場所では、土木工事の影響を慎重に検討する必要があります。

*地震の影響も無視できません

 水のない空洞にくらべ、地下水で満たされた空洞が陥没し難いことはよく知られています。地表から浸透した水も、地下水面以下では周りの地層に対する浸食力が激減するためと思われます。しかし浅い空洞はやはり要注意です。地震などがあれば、長い間安定していると思われていた浅い空洞も陥没してしまいます。