負の遺産としての地下空洞と地盤環境

充填技術センター 理事長 川本 朓万名古屋大学名誉教授

 地球上には、アメリカ・ニューメシコ州にあるカールスバッド (Carlsbad Caverns)大空洞(長さ550m、幅340m、最大高さ70m)やマレイ シアのグアパヤウ(Gua Payau)大空洞(幅120- 150m、高さ120m)から、トル コ・カッパドキアの地下都市やエジプトの墳墓のような人工的な空洞など 無数の地下空洞が存在し、その多くのものが世界遺産として保存されてい る。一方、種々の鉱山や石材の採掘跡、軍事上の特殊地下壕等の空洞がそ のまま廃棄され、鉱害や公害などの地盤災害や地盤汚染を引き起こしてい る負の遺産も多く存在している。  わが国においても、負の遺産としての地下空洞による地盤環境に対する被害が多 く発生し続けている。北九州や北海道における深い石炭廃坑の現場で今まで広い範 囲で地表沈下が発生しているが、浅い地下空洞では浅所陥没による直接的な地表構 造物の破壊や人命の損傷を生じている。負の遺産としての地下空洞による地盤陥没 災害としては、石炭鉱害(盆状沈下と浅所陥没)、亜炭採掘跡空洞による陥没事故、 防空壕跡地、石材採掘跡空洞(例えば、大谷石、笏谷石)における陥没事故等があ る。宇都宮市大谷地区においては、大谷石の採掘空洞が原因で1946 年以降 30件以 上の陥没事故が発生したが、大規模な陥没が1989年から3ヶ年連続して発生してい る(写真-1および2)。

写真‐1 大谷石採掘跡の浅所陥没
(写真は下野新聞より)
写真‐2 大谷石採石場の空洞
写真‐3 福井市西墓地公園の浅所陥没
(福井新聞より)

 鹿児島県鹿屋市には戦時中に2つの航空基地があり、避難、軍事物質貯 蔵等のために多くの地下壕(横坑幅3-4m、高さ2.4m 程度の空洞)が多数 掘られた。住宅地に陥没が生じ、また大規模な道路陥没(平成12年6月3日 の豪雨により35mにわたって陥没、深さ10m)で死亡者を出した。  平成17年8月16日早朝、福井市の足羽山西公園墓地で大規模な陥没が見つかった (写真-3)。直径、深さはともに最大で約30mに達している。足羽山では、江戸 時代から1999 年まで、城の石垣や墓石などに使われた笏谷石が採掘されていた。 現場の地下に坑道跡があることが確認され、陥没との因果関係があると見ている。  平成18年7月9日、三重県津市半田地区の市道と住宅の一部が半径15m、深さ3mに わたって陥没した。周辺は江戸時代から磨き砂の採掘場で、何時とはなしに陥没が 過去に起こっており人災だと言われている。戦時中、この地域の丘陵地下に海軍工 廠の疎開工場を造るために学徒動員により磨き砂の採掘坑道の拡幅も行われていた ようである。  平成13年度の国の調査(「特殊地下壕実地調査報告書、国交省」)では、全国に 5,003ヶ所の危険な地下壕があり、そのうち九州・沖縄地方では3,100ヶ所、北陸 383、関東95、東北94、北海道92が認められている。また、地上に建物があるなど で「危険およびその可能性のある」と自治体が判断した壕は777ヶ所にのぼってい る。しかし、特殊地下壕の殆どは軍関係に属していたため、その実体は十分に明ら かにされず、地盤沈下や陥没による人身事故や住宅の倒壊が生じて初めて廃棄空洞 の存在が明らかにされている程度である。